クエン酸緩衝溶液のpHを計算した話

<きっかけは?>

金コロイドをSi上に電着するという論文(D. Buttard et al, Nanoscale Research Letters (2011) 6:580)に目を通していたら stabilized by sitrate ions というくだりがありました。
「ははん、クエン酸でpH調整をしたんだ」とその時は思ったのですが、 お湯につかりながらふと思いました。「炭酸ガスが溶けてもそれくらいのpHになるはず。ちょっと変だ。」
そこで原文を読み直してはっと気が付きました。
「クエン酸ナトリウムを混ぜた緩衝溶液を使ったに違いない!」
「じゃ、混合比は?」
「資料を探すより自分で計算したほうが早い!」

<クエン酸の三段階電離モデル>

クエン酸の分子式は
HOOC-CH2-C(OH)(COOH)-CH2-COOH です。-COOH の H は水の中で電離して COO-とH+に分かれるのですが、 三つあるので高校の化学よりは難しい話になります。話を簡単にするためにクエン酸をH3Xとすると次の三段階で電離します。 Kは平衡定数です。K1が一番大きいのでこれで大勢は決まりますが、HWBのメンツにかけて正確に計算します。

<保存則の活用>

平衡の式から[H3X], [H2X-], [HX2-], [X3-]の比率がすぐに求まります。 それと「どのようにイオン化してもXの量は変わらない」「Hの量も変わらない」という保存則を組み合わせると下の4次方程式が得られます。 C はクエン酸ナトリウムのモル濃度、xC はクエン酸のモル濃度です。

<4次方程式の数値解>

左の方程式は Newton-Raphson 法で解けることがExcelを使って確認できました。つまり x←x - f/f' で順次xを更新するとxはfの根に収束します。 ただし、初期値は第一段のパラメータで見積もっておかないといけません。ここで化学のセンスが生きてきます。

<Modula-2プログラミングで>

ExcelをModula-2に焼き直してプロジェクトを仕上げました。

<ついでに酸と正塩のpHも>

同じ発想で H3XとNa3X のpHも計算できます。 ただし後者ではH2OからHとOH-を引き抜くので別の考えが必要になります。

<クエン酸緩衝溶液のpH>

クエン酸ナトリウムが 0.1 mol/L、クエン酸が最大 0.2 mol/L として pH を計算した結果が右図です。 左端は塩単独の pH なので塩基性になっています。なお、実際の値との比較はしていません。

2-3-2020, S. Hayashi